昨夜から一騒動起きている「日本一ヘタな歌手」の舞台中止騒動について、個人的に思うところがあり時系列で諸々纏めてみました。
最初に述べておきますが、私が個人的にWEBの情報を集めただけで取材をしているわけでもない為、何が正しいかはわかりません。 それでも興味ある方はお読みください。

ざっくりとした纏め
---原作者の耳に舞台化の話が入ってくる---
①原作者「ちょっと!そもそも話聞いてないんですけど!」
②製作側「いやいや、契約しているから。挨拶したよね?」
③原作者「は?あれは許可にならないでしょ!」
④出版側「まぁまぁ、本見て貰えば済むじゃないですか」
---本が届く前にパーティの招待状が届く---
⑤原作者「うーん、監督と話できるなら行くか…」
⑥土 屋「あれで良いの?」
⑦原作者「いや、まだ許可していないんです」
⑧土屋側「それならきちんと決着着くまで待とうかな」
⑨製作側「土屋来ないから出来ないわ。損害賠償請求する」


昨日の日中に中止会見が発表され、その時点では「土屋アンナが舞台稽古に来ない!公演中止!」という一方的な内容でした。しかし、夕方には土屋アンナの事務所が弁明。そして、昨夜の日付が変わる頃に原作者がBlogを更新。

かいつまんで纏めると「いやいや、そもそも勝手にやったのは制作側だよね?こっちは散々抗議してますけど何あの発表」というものです。

では、ご本人のBlogの内容とWEB上にあった内容を時系列で纏めてみましょう。
※制作側の発表していたBlogは今朝方ことごとく削除されています。

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2009.09
 CDと書籍をリリース

2012.01頃?
 路上ライブ中に監督を連れて光文社担当だった人が来たので挨拶
 (口頭契約が発生したと主張されるところ)

2013.04.19
 プレスリリースが行われる。
 (この時点では「原作」として発表)

2013.05.17頃
 原作者が舞台の存在を友人から聞く。
 (『舞台記者会見一週間前』という記載より)
  ※数日後問い合わせ。20日ごろ?

2013.05.21
 プレスリリースの訂正発表。
 イズミクリード株式会社は制作の一員。
 (「原作」を「原案」に変更)

2013.05.24
 制作発表。土屋アンナ「(原作者と)会いたいなって思います」

2013.05~06頃?
 プレミアムライブの招待のみ届く

2013.07.02
 舞台稽古開始

2013.07.13
 舞台稽古画像アップ
 (他に情報がない為、これが2回目か?)

2013.07.16
 「舞台の成功をみんなで祝うパーティー」実施。
 土屋アンナと原作者が話す。
 (「掛け合ってくださる」と口頭の約束?)

2013.07.17
 FB上で原作者が公式告知。
 (土屋アンナの協力があることに安堵し、舞台の成功を祈る?)

2013.07.27
 毎日同意書のサインを求められてきたが、ようやく台本が届く

2013.07.29
 舞台中止の発表

※上記流れはコチラのファイルに纏めています。

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時系列をまとめるまでは「途中で舞台降板するのはマズイよね」と思っていましたが、時系列で並べた内容を眺めて、改めて考えてみると「原作者の同意が得られていない舞台には立てない」というポリシーを貫き通したことがわかるかと思います。

しかしながら、まだ疑問もあります。
制作側はそんなに悪意があることをするのでしょうか?
現状で何らかの判断を下すには少し早い気がします。
※Blogがどんどん削除されているとはいえ、それはスタッフの独断の可能性もある為。

勿論、オーディションの「参加費&チケットノルマ」というのも非常に気になりますし、「オーディションビジネス」ということがあるのも事実です。けれども、舞台の世界に明るくない私はそこでの判断は難しいです。

けれども、舞台のフライヤーから別の情報を得ることで新たな疑問が浮かぶのです。
 
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表裏それぞれ見て、何かに気付くと思います。
①「原作or原案」の氏名が表示されていない
②あらすじを読んでも「障害」があることがわからない


原作と原案の違いは、著作権の有無です。
つまり、原案として「エッセンスを貰っただけだ」と主張するのであればお金を払う必要はないのです。では、テレビ業界ではそういったことがまかり通っているのかというと、「今後お仕事を続けさせていただくための敬意」として金銭を支払っていることもあります(立場が弱い駆け出しの人は不利な契約をされる可能性がある、とも言い換えられます。それは、制作会社の『良心』と言いかえても良いかもしれません)。

あくまで「原案」であると舵取りをした場合であれば、このあらすじにも納得がいきます。しかしながら、表の土屋さんの写真には車いすであることをしれっと見せている、というような悪意を感じずにはいられません。


これらは私が集めた情報を元にしている為、事実がどちらなのかはわかりません。
もし、私の推論通りだったとしても、原作者が「公的な発言をしている」ということが不利になることは間違いないでしょう。

誤解がないように最後にもう一度書いておきます。
どちらが正しいことを言っているのかはわかりません。

けれども、一方の情報だけを見て反射的に動くことや発言をすることの怖さがよくわかる問題だと思います。これを機に、「権利」とは一体何なのか、考え直す良い機会なのではないでしょうか。